『Renkonto−Mondo ―Dio−liberig^i― UNU〜出会いの世界〜』





      0 やっと見つけた


 今から二年前、止まっていたはずの歯車が動き始めた。それはまさに運命の歯車だった。その歯車が動き始めた時、眠っていたソレは胎動を始めた。その胎動は時間の挟間に一つの雫を落とした。それは波紋となり、大きくなり波となり、普通の生活をおくっていた二人の少年少女を飲み込んだ。
 それは、交わることのない平行線の人生のはずだった。だが、歯車の起動を引き金に起こった波が、平行線を交わらせた。
 二人には、望む望まないに関わらず、過酷な運命が待ち受けていた。その運命が、二人の今を大きく変えた。

      *

「亜依〜、待ってよ〜」
 高尾亜依は、友人の姫川桜に呼び止められた。
「どうしたの? そんなに急いで」
 いつもは一緒に帰るのだが、その日は違っていた。
「……ちょっと……ね」
 亜依は言葉を詰まらせた。
「さては、彼氏でも出来たか?」
 桜はそんな亜依を茶化す。そんな事は、日常茶飯事だった。
 いつもなら『もぉ〜、そんな事ないよぉ』とか言ってふざけあっているのだが、その日は違った。亜依の様子はいつもと違っていた。
「ゴメン。ホント、ゴメン」
 そう言うと、一目散に走って帰ってしまった。一人残された桜は、茫然と見ているしかなかった。
「よう、どうした?」
 そんな桜に声を掛けたのは、桜より一つ年上の幼なじみ水沢達之だった。
「たっちゃん……。うん、亜依がさ……」
 桜はさっきの事を達之に話した。
「心配しすぎじゃないのか? 誰だってそんな感じになることはあるって」
 しかし返ってきたのは、アッケラカンとした解答だった。桜はその解答に納得せず不満そうな顔をしたが、達之はそれを無視した。
 そう、なにも変わらないいつもの風景だった。

 自分の部屋で亜依は、いつもとは違う空気を感じていた。それは、はっきりとしたものではなく、漠然としたものだった。そのため、桜に話す事に戸惑いを感じていた。
 亜依は、肌身離さず首から下げている金色のロケットを手にした。そのロケットは、小さな青い石が埋め込まれており、その周りに網目状に模様が彫られていた。しばらくそのロケットを眺めたあと蓋を開け、中の写真を見た。それは、三人で写っている――一組の男女が小さな女の子を抱いている――のだが、顔の部分が欠けていて誰の写真かは判別できない。亜依はその写真について、育ての親からは、本当の両親だと聞かされていた。そう、今の両親は本当の両親ではないのだ。
 亜依は、辛い事があるといつもその写真を見ていた。その写真を見ている間だけは、心が癒される感じがしたのだ。
 亜依はその写真に関して、今まで詳しい事は一切訊かなかった。だが、今は違った。その写真の事を訊けば、この奇妙な感覚の事がわかるような気がしてならなかった。何故だかそう思えた。
 階段を降り、下の階のキッチンに向かった。
「お母さん、この写真の事を教えて欲しいの」
 ずっと〈お母さん〉と呼んでいるし、本当のお母さんだと思っている――そう思おうとしている――ので、育ての母親をそう呼ぶ事は、亜依にとって自然な事になっていた。
「どうしたの? 突然」
 夕食の準備をしていた亜依の育ての母親は、思いもしなかった質問に驚きを隠せなかった。
「うん、ちょっと気になって」
 亜依は気まずそうに俯いたままそう言った。
「……その写真はね。あなたの本当の両親なの」
 育ての母親は、決まりきったいつもの台詞から言い始めた。
「それは、知ってる。だから、その続きを教えて欲しいの」
「わかった。今夜、お父さんが帰ってきたら話すわ。約束する」
 育ての母親はそれだけ言って、夕食の準備に戻った。

 その夜、育ての父親を交え、三人での食事が始まった。
「お母さん」
 亜依は、夕方の約束を果たしてもらうため、育ての母親に話しかけた。
「……あなたの本当の両親はね……」
 育ての母親がそう言いかけた時だった。
「やめないか」
 育ての父親がそれを制止した。
「ごめんなさい。約束したの。それに、もうそろそろ本当の事を知っておいた方がいいと思って……」
 そう言った育ての母親の目には涙が浮かんでいた。それを見つけた亜依は、胸が締めつけられるようだった。
「……仕方ない。話してあげなさい」
 育ての父親も、渋々ながら納得した。
「亜依……あなたの本当の両親は、事故で死んだんじゃないの」
 亜依は、その育ての母の言葉に我が耳を疑った。今まで事故で死んだものだと思っていた亜依にとって、それは予想外の事だった。
「あなたの本当の両親は、ある日突然消えてしまったの」
 亜依はなにも言えなかった。突然消えたと言われてどう返事ができるのだろうか。しかし、事実は事実。受け入れるしかなかった。たとえ、それが受け入れづらいものだったとしても……。
 育ての母親は、それからも詳しく――あまりにも突飛な事なので、育ての母親も事実を知るはずもなく、詳しいといってもそれほどではないのだが――話していたが、亜依の耳にはすでに届いていなかった。
 本当の両親の事を聞かされた――聞かされたといっても、ほとんど聞いていなかったのだが――亜依は、魂が抜けたようになっていた。自分の部屋に戻り、ベッドに倒れ込むと何故だか涙が溢れてきた。
「聞かなきゃよかった……。どうして……」
 その夜、亜依はずっと泣いていた。それでも、いつの間にか眠っていた。
 窓の外には、大きな満月が浮かんでいた。

      *

 それと時をほぼ同じくして、椎崎誠司も今までにない違和感を感じていた。
 しかし、誠司はまったく気にせず、普段通りの生活をおくっていた。
「誠司、授業サボってなにやってるの?」
 学校の屋上で昼寝――まだ午前中だから朝寝か――をしていた誠司は、可愛らしい声がして目を開けた。
「なんだよ、実央かよ」
 誠司は気怠そうに、クラスメイトの三朝実央に言った。
「なんだじゃないの。ホントに、誠司は……」
「はいはい。もう聞き飽きましたっての」
「わかってるなら、言われた通りしなさいよ。っとに、もぉ……」
「……よっと」
「こら、誠司!」
 誠司は突然立ち上がって、走り去っていった。残された実央は、呆れて大きなため息をついた。

 誠司は学校を抜け出し、近くの川原で寝転んでいた。
「空は高いよな〜。それに比べて俺は……」
 誠司は晴れ渡った空を見上げた。誠司は空を見上げるのが好きだった。青空はもちろんのこと、曇り空でも好きだった。空は、自由な感じがするからだ。
「なんだろうな、この変な感じは……」
 誠司は、左耳のピアスを触りながら言った。このピアスは、よくあるリング状のものでなく、女性が付けるような丸い緑色のビーズのような石のついたピアスだった。このピアスは、誠司が十歳の頃から付けている。それ以来、肌身離さず付けている。外したことがない。
「さてと、どこ行こうかな」

 川原をあとにした誠司は、進学予定の高校――星風高校に向かった。そこは、最近改築したらしく、やけに奇麗な校舎だった。授業中ということもあって生徒の姿はなかったが、どう考えても誠司には似合いそうもない雰囲気だった。
「こんなとこ、よくこの俺が入れたよな……」
 誠司は、その校舎を見上げた。
「あと二ヶ月でここに入学だな」
 しばらく校舎を見て、その場を去った。

「やっと見つけた」
 街をブラブラしていた誠司に実央が声をかけた。
「なんだよ、なんか用か?」
 誠司は怪訝そうに言う。
「別に」
 実央は満面の笑みで言う。そして、
「誠司こそ、なにしてたの?」
 と、続けた。
「別に」
 誠司はそう返事した。
「んもう……」
「ところでさ、お前授業どうしたんだよ?」
「サボっちゃった。えへへ」
 実央は無邪気に笑っている。誠司は、今までに見た事のない実央に驚いた。誠司にとって、実央は真面目そのものだった。そんな実央がこうしているというのは、なんとも言い難い違和感があった。
「な〜んちゃって。授業はもう終わってるんだよ」
「へ?」
「忘れたの? 今日は舞踏会があるから、参加しない生徒は午前中で授業は終わりなんだよ」
「そういえば、そんな妙なイベントがあったな」
 そうだったのだ。誠司が通う中学校――瀬木尾中学では、毎年二月に生徒会主宰で本格的な舞踏会が開かれるのだ。しかし、そのイベントに参加するものは少なく、全校生徒の一割にも満たない。参加するのは生徒会と、本当にそういうのが好きな生徒か、珍しいもの好きな生徒くらいしか参加しない。それでも舞踏会が廃止される事はなく、毎年きちんと開催されている。一部では、学校の七不思議の一つとさえ言われている。
「今年は参加しなかったんだな」
「え?」
「毎年、舞踏会に参加してただろ? 今年は参加しないのか?」
「……うん。面白くないもん」
 実央は、淋しそうに俯いて言った。
(マズイ。忘れてた)
 誠司はその事に関して、思い当たる節があった。それは、実央が一つ上の先輩と付き合っているという、どこにでもあるような噂だった。
(実央って……なるほど、そういうことか……)
 誠司は、一人で納得した。
「ね、どこか行こうよ」
 実央はそう言って、誠司の腕を引っ張って走り出した。
「おわっ……」
 誠司は急に引っ張られ転びそうになったが、なんとか立て直した。
「おい、なにすんだよ」
「文句言わない。ほら」
 そんな実央を見て、誠司はなにもできなかった。
 誠司は結局、陽が暮れるまで実央の相手をする事になった。

「きれいだね」
 別れ際、実央は空を見上げて言った。満天の星空だった。ちなみに、月は雲に覆われてよく見えなかった。
「そうだな」
 空を見る事が好きな誠司は、もちろん夜空も大好きなのだ。それが興じてか、星座に詳しかった。
「stelo」
 誠司は無意識にその言葉を発した。
「……え?」
 誠司の口から出た聞き慣れない言葉に、実央は疑問を持った。
「ねえ、誠司。さっきの言葉ってなに?」
「さっきの言葉?」
 誠司は首を傾げた。
「そう、さっきス……なんとかって……」
「俺、なんか言ったのか?」
 しかし、誠司にその記憶はない。
「んもう……ま、いっか。……なんでもないの、忘れて」
「変なやつ……」
 そんな会話をしつつ、夜道を歩いていた。周りには人影もなく、暗闇は二人だけの空間だった。
「じゃあね」
 結局、誠司は実央の家まで行った。
「ああ。じゃあな」
 誠司は、何故か照れくさかった。
「どうしたの?」
 わざとなのか、実央は下から覗き込んで言った。
「な、な、なんだよ」
 誠司はドギマギした。
「んん?」
 実央は小悪魔のような笑みを浮かべた。
「今日はアリガトね」
 そう言って、家の中に入っていった。
 誠司は夜空を見上げた。先程まで隠れていた月が、その姿を現していた。その日は満月だった。
 それからしばらくして、実央は引っ越すことになる。



             Copyright(C)STUDIO SAIX All Right Reserved.