『Renkonto−Mondo ―Dio−liberig^i― DU〜惑わしの世界〜 上』





      3 どうなっても知らないからね


 山間の村、詩稀村――
 しかし、その名前は地図から消えた。今から三年前、炎に包まれた。
 村と外界との唯一の道が燃えたため、村人は逃げる事ができずに、死に絶えた。そう、一部の一族以外は――

      *

「どうされました、莉緒様」
 男が膝をついて、窓際に座り、本を読んでいる少女に言った。男はサングラスをかけ、黒のスーツに身を包んでいた。そして、手には黒いシルクハットがあった。
「いいえ、別に」
 少女――神崎莉緒は平然と答える。
「そうですか。わたしには、あなたがあの村の事を思い出しているようにみえましたので」
 男がそう言った瞬間、莉緒の目が鋭くなった。
「時弥、その事を口に出してはならぬ」
「申しわけありません」
 藻音時弥は恭しく頭を下げた。
「失礼します」
 深々と頭を下げ、時弥は部屋を出た。
 藻音時弥と神崎莉緒は一回り以上も歳が離れている。しかし、藻音家は代々神崎家に仕えてきた。そのため、今でも時弥は莉緒には敬語で話し、接する。神崎家と藻音家は、あの詩稀村の生き残りだった。
 古来より、詩稀村は二つの大きな家に支配されていた。その二つというのが、神崎家と吉田家だった。
 その吉田家も詩稀村の生き残りだったのだが、五年前に強盗に襲われ、当時家にいた全員が犠牲となった。唯一生き残った直系の吉田家の血を引く者も自分がそうとは知らず、ひっそりと生活していた。その者の今の名は木元綾乃といった。しかし、彼女は一族の能力を受け継がなかった。
 時弥は、長い時間をかけ、やっとの事で彼女を見つけだした。綾乃は『博愛館』という児童施設にいた。
 時弥は早速そこを訪れた。そこは意外なほど明るかった。児童施設と聞いて、暗い場所と勝手に思い込んでいたのだ。
「木元綾乃、という人はいますか?」
 時弥は門の側にいた少女に声をかけた。
「…………」
 しかし、その少女は答えない。時弥は、その少女にただならぬものを感じた。
「美空、どうしたの?」
 その様子を見て、少女が小走りでやってきた。美空と呼ばれた少女は時弥に視線を向ける。
「あの……」
 走ってきた少女が訊く。
「あ、あの……木元綾乃という人はいますか?」
 時弥はさっきと同じ事を言った。
「はい、いますけど……あなたは?」
 少女が怪しそうに時弥を見る。
「こういう者です」
 時弥は名刺を取り出した。
「神崎グループ専務……」
 少女は名刺と時弥の顔を見比べた。
「ホントに?」
 時弥は無言で頷いた。
「神崎グループっていったら、日本有数の大企業じゃない。そんなトコの専務がどうして……」
「まあ、今回来たのは、会社と直接関係のある事ではありませんので……」
「でも……」
「私用ですので、お願いできませんか」
 時弥がそう言うが、少女は納得できずにいた。それもそうだろう。こんな所にある児童施設に、日本有数の大企業の人間が来るなど、誰が想像できるだろうか。しかし、時弥のその名刺は本物ではなかった。事実、時弥は専務ではなく秘書なのだから。秘書といっても、社長や会長ではなく、令嬢である神崎莉緒の秘書なのだが。しかし、表向きは会長秘書という事になっている。専務の名刺は去年のものだった。
「アタシがどうかしたの?」
 そこに、問題の木元綾乃がやってきた。その側には美空がいる。どうやら彼女が呼んできたらしい。
「君が木元綾乃?」
「……はい」
 綾乃は頷いた。
「君に話がある。ちょっと来てもらえないだろうか」
 少し迷って、
「……わかりました」
 そう答えた。
「じゃあ、行こうか」
 時弥は綾乃を連れ出す事に成功した。

      *

 時弥と綾乃は、『博愛館』の近くにある浜辺に来ていた。シーズンではないので、浜辺に人はいない。ただ、寄せて返す波の音だけが支配していた。
「話って、なんですか?」
 浜に着くなり綾乃が訊いた。
「急に呼び出して申しわけないと思う。ただ……どうしても君の力が必要なんだ」
「アタシの力? アタシ、なんにも……」
「大丈夫。それはわたしが授けるから」
 そう言うと、時弥は綾乃の額に手をかざした。その手から光が溢れ、綾乃を包み込んだ。時弥の能力『授与』だ。
「これでいい。君にはこの力を使って、地図を集めてもらいたい」
 綾乃は自分の手を見た。しかし、なんら変化は見られない。
「地図……ですか?」
 突然の事に呆気にとられる。
「そう、地図だ」
「そうですか……」
「先に言っておくが、あまり詮索しない事だ。それが一番安全だ」
 その言葉に、綾乃は顔を引きつらせた。
「わかりました」
 綾乃はその恐ろしさに、断る事ができなかった。
「でも、それをアタシ一人で、ですか?」
 綾乃の声は震えていた。
「そうだな。もう一人いた方がいいかもな。君と同じ施設の誰かと一緒に探してもらおうか」
「『博愛館』の誰か……?」
「そう、男の方がいいな」
「男……ですか」
「どうもharmonioというのは、男女のペアのようだからね。誰かいないかね」
 そう言われて、綾乃は考え込んだ。しばらく考えて、
「舜平。舜平なら……」
「ほう……。その舜平とやらに頼もうか。呼んできてもらえるかな」
「はい」
 綾乃はそう言うと、駆け足で『博愛館』に戻っていった。
 綾乃は、今までの退屈な毎日から抜け出せそうで、ワクワクしていた。時弥が神かなにかのように見えた。全てが時弥の思うままに進んでいた。

      *

 しばらくして、綾乃が少年を連れて戻ってきた。
「連れてきました」
 綾乃は嬉しそうに言った。
「そうか、この少年か」
 時弥はその少年――竹内舜平にも綾乃と同じ事をした。
「さて、二人で地図を集めてもらおうか」
「ちょっと待って下さい。集めるって、その地図はどこにあるんですか? それに、どんなものなのか……」
 綾乃が訊く。
「それはわからない。だが、君たちなら見つけられるはずだ。健闘を祈る」
 そう言うと、時弥は立ち去った。
 残された綾乃と舜平は、茫然とその場に立ち尽くしていた。

      *

 時弥は莉緒のいる屋敷に戻り、事の報告をしていた。
「莉緒様、準備はできました。あとはあの者たちがどうするか……」
「ホント、ご苦労な事で」
 そこへ一人の男が入ってきた。その男はラフなアロハシャツに短パン、そしてボサボサの髪を掻きながら煙草をくわえていた。
「お前は……」
 時弥はその男を睨んだ。
「そんなに睨みなさんなって」
 男は煙草をくわえたまま笑う。
「お前がどうしてここにいる!」
「気の短い。まあ、細かい事は気になさんなって」
「前から訊きたかったんだ。だいたい、お前は吉田の側の人間じゃないか。そのお前が、どうして吉田を滅ぼそうとする神崎の側にいるんだ。何故、自分たちの一族を滅ぼそうとする側にいるんだ」
「そうだな……確かに吉田に仕えてきた。おれの母親も吉田の出だしな。でも、そんなのはおれにとってなんの関係もない。それにおれがいる限り、吉田は滅びないしな。あっ、そん時はおれも消されるのか」
 その男――吉住健一の言葉は、どこか戯けていて、重みというものが全く感じられなかった。
「まあ、たいした用があるでもなし、おれは失礼するとしましょうか」
 そう言い、健一は部屋を出ていった。
「ったく、なにをしにきたんだか」
 時弥はその後ろ姿に悪態をついた。
「時弥、ご苦労でした。あなたもゆっくり休みなさい」
「はい」
 時弥は深々と頭を下げ、部屋を出た。

      *

「さてと、どうしたもんかな……」
 時弥が立ち去ったあと、綾乃が呟く。
「どう、ってなんだよ」
「だぁかぁらぁ、どうすればいいのかって事」
「どう、って?」
「あのね。アタシたちは、これからなにをすればいいのかって事」
「なに、って……地図を集めるんだろ?」
「あんたねぇ! 地図っていわれても、どんな地図で、どこにあるのかもわからないんだよ。それをどうやって集めるっての!」
 物分かりのわるい舜平に腹がたって、つい声を荒げてしまう。
「あ、そっか」
 ようやく綾乃の言いたい事がわかり、舜平はポンッと手を叩いた。
「とりあえずさ、家に戻らない?」
「そうね、それがいいかもね」
 とりあえず、綾乃と舜平は自分の家である『博愛館』に帰る事にした。



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