『4つの物語 黒の物語―Lost past―





 俺はなんだか疎外感を感じていた。
 仲間の三人はなにかに導かれるように、ここではないどこかへ行ったと言う。
 だけど、俺にはそういう事がなかった。
 あのゲーム――RPGを体験した中で、俺だけがなにもない……。
 普通ならそれが当たり前で、あいつらが変わっているという事になるだろう。だけど、それが俺には淋しい。
 どうして俺だけ?
 俺だけがなにもなく、ただのほほんと過ぎていくんだ?
 あのRPGの時、俺たちは確かになにかに選ばれたんだ。それは俺にもわかった。
 そうなればいいな、俺は特別なんだ、みんなとは違うんだ……そんな望みがなかったわけじゃない。わけじゃないけど……今回は違ったのか……。
 今回は、俺は普通の側にいたという事か……。
 当たり前である事がこれほどまでに残念だという事は、なんだかおかしいように思える。
 みんな、当たり前であろうと、普通であろうとするものだ。そうしないと、疎外されてしまうから。
 誰しも一人はつらいと思う。一人で生きているなんて思っているヤツに限って、一人ではなにもできないものだ。だいたい、みんなによって生かされている事をわかっていないヤツは最低だ。
 みんながいるからこそ、自分があるというのに、それがわかっていないなんて……ちっともわかっちゃいない。
 そんな事を考えながら、仲間の辜耶、茜、愛の話を思い出していた。
 青の神殿、朱の神殿、白の神殿……これがあのRPGをなぞるものだとすれば、俺にもあるはずなのだ。黒の神殿が。
 ちくしょー!
 なんだか、今はそれだけが悔しくて仕方がない。

 なにをするわけでもなく、俺は家に帰った。
 なんともいえない淋しさだけが俺を支配している。
 どうすりゃいいってんだ? 不思議な体験をしたい……なんだか変な感情だ。そんな事、誰も望んでなんかいない。なのに、俺は望んでしまう。
 そうだよな。他のヤツらにすれば俺は普通だ。だけど、仲間のあいつらからすれば、俺は普通じゃない。
 そうか!
 俺は世間とは違うんだ。俺が属するのは仲間なんだから。だからか……。俺が妙に淋しいのは。
 俺も普通でありたいと思うんだ。それは世間一般で言うところの普通じゃない。俺たち仲間での普通だ。その普通は、世間では普通ではないという事。
 ……かといって、それがわかったからといって、俺になにが出来る? どうすれば普通になれる?
 愛や茜が言うには、あのなんとかっていう村はもうない。
 かといって、辜耶みたいに飛び降り現場を見て……ってのもどうかと思う。それで海にまで潜るなんて、俺には出来そうもない。あいつは大人しいように見えて、実はかなりの行動派だからな……。
 かといって、頭より先に行動するっていうわけじゃない。きちんと考えて、考えた上で行動にうつす。馬鹿じゃなく、あいつは頭がよすぎる。だから、かえって馬鹿にみえちまう。
 って、そんな仲間の評価をしている場合じゃないんだよな。
 それにしても、不思議なものだよな。辜耶の話に始まり、次々に奇妙な体験談が語られた。有り得ない時間だった。
 こんな事ばっかり考えていてもしょうがないな。寝るか。


 …………。
 ……………………。
 ………………………………。
 …………夢?
 ………………これは夢なのだろうか?
 ……………………夢に違いない。だって、さっき俺は眠ったんだから。
 …………………………あれ? じゃあ、どうしてこんなに意識がハッキリとしているんだ? 普通、もっとぼやけるものじゃないのか?
 …………わからない。
 ………………それよりも、ここはどこだ?
 ……真っ暗だ。
 …………真っ暗でなにも見えない。
 …………………………。
 ……。うっすらとなにかが見えてきた。目が慣れてきたせいもあるのだろうけど、それとはまた違った感じがする。
 俺はその方へと近付いていく。どうやら、移動する事は意思で可能なようだ。
 夢のはずなのに、どうしてこうも冷静で、第三者として見ているのだろうか?
 とにかく、なみか見える所まで行こう。そうすればなにかわかるかもしれない。
 そこまで移動すると、だんだん明るくなってきた。
 そして、俺は闇の中を抜け……
「うわっ!」
 俺は思わず叫んでしまった。
 そこは空だった。
 地面は遥か下の方にある。高さとかはよくわからないけど、すごく高い。高層マンションの屋上なんて比じゃない。だって、山ですらずっと下にあるんだから。
 どうするんだよ、これ……。
 なんとか下に降りられないものだろうか。
 そんな事を考えていると、身体がゆっくりと降下し始める。どうやら、思った風に動いてくれるらしい。とにかく、下に向かう。
 ゆっくりと降りていき、地面が見えてきた。が、その降下もやがて止まった。どうやらこれより下へは行けないらしい。
 それでも、地上までは十メートルほどだろうか、さっきよりも怖さを感じるのは、現実味があるからだろう。普通に生活する中でよくある高さに自分が浮かんでいるなんて、なんとなく怖い。
 どうやらそこは山の中のようだ。建物なんかは一切見えない。小さな小屋があるだけだった。
 どうやらそこには誰もいないようだ。少し移動してみる事にした。
 すると、やがて石で出来た建物が見えてきた。まさに神殿だ。
 これが……。
 少し嬉しくなった。これで、俺もみんなと同じだという事になる。
 その神殿を見ていると、一人の女性が出てきた。
 長い黒髪を後ろで束ねている。白い装束が彼女の黒髪を一層際立たせている。
 その人は、木で作られた祭壇のようなものに歩み寄っていく。そこには火が付けられ燃えている。その煙が、俺の横を通って空へと上っていく。
 不思議な光景だった。
「さぁ、烙印を刻まれし呪われた者たちよ、この地へ集え!」
 その女性が呪うかのような口調で言う。
 本来ならここまで聞こえるはずがない声量のはずなのだが、よく聞こえる。
「神に仇なす者たちよ、神の御手によりて、裁きを受けよ!」
 その言葉に炎が揺らめく。
 なんなんだ?
 夢……? 夢なんだよな。でも、夢っていうのは脳内の整理みたいなもので、過去の記憶を元に……。
「さあ、青朱白玄よここへ集え!」
 色々と考えていると、その女性がそんな事を叫んだ。
 思わずそっちを向くと、四色の光が炎の中から現れ、四方に散って飛んでいった。
 青い光。
 朱い光。
 白い光。
 黒い光。
 なんなんだ……。
 現実とは思えなかった。いや、夢なのだという事はわかる。しかし、これがノンフィクションだとは思えない。俺はいつからこんな妄想家になってしまったんだ? いつからこんなフィクションを考えるようになってしまったんだ?
 わけがわからない。いや、わかりたいとも思えない。
 その光景は現実味が無く、それでいて現実感があった。そう、なんだか矛盾した気持ちが自分の中にある。
 やがて、燃えていた炎も消えてきた。
 どうやら、なにかの儀式が終わったらしい。
「さぁ、これで神への生け贄は捧げられた。魔の力にすがりし者たちを供物とせん」
 消えつつある炎に向かって呟く。それは神々しくもあり、禍々しくもあった。
 一つだけわかる事。いや、感じたというか言葉では著せない。それは、彼女には会った事があり、仲間が話していた美空という少女は彼女であるという事だ。
 どうしてだか、そう思った。いや、感じたんだ。
 そして、同時にある女性の顔がよぎった。凛々しい表情をした女性だった。海のように深い目をした女性だった。綺麗な女性だった。
 その女性は……俺たちの戦の女神だったのかもしれない。
 なんだかそんな気がした。
 それから、俺の意識はその場から消えていき、闇の中へと戻っていった。



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