白の物語をちょっとだけ読んでみる。

『４つの物語　白の物語―Lover's memory―』

　あたしが思い出したくない過去。
　忘れ去りたい過去。
　だけど……決して忘れてはいけない大切な人。
　忘れるわけにはいかないから……。
　忘れる事はできないから……。
　だけど……思い出す度に胸が苦しくなる。
　もう、あたしは恋をしない。
　恋は出来ない。
　心は過去に置いてきたから。
　思い出すのもこれが最後と思って、何度思い出してきただろう。
　だけど、今度はいつもとは違う。
　そう、あの時に体験した不思議な出来事。
　真っ白な出来事。
　それは、今は地図から消えてしまったあの場所での出来事――

　大きく息を吐きながら余韻に浸る。
　なんだか、フワフワとしたような、そんな感じがする。
　自分が自分でなくなるような、自分を遠くから見ているような……そんな、変な感じ。
　でも、この感じも決して悪くない。この時間は嫌いじゃない。
　隣には沢田紘人が疲れきったように眠っている。
　なんだか、全然子どもだな……って思っちゃう。
　普段はそうでなくても、この瞬間だけは可愛いなって思える。
　ホント、この時間って不思議だな……。
　そして、急に終わってしまって、醒めたように、どうしてこんな事をしてるんだろ……って考えちゃう。
　どうしようもない。
　だから、今はこの時間を大切にしたい。
　自分が自分でないかのような、不思議な時間を……。
「よう、おはよう」
　紘人が起きたようだ。
「おはよう」
　タオルケットで身体を覆いながらゆっくりと起きあがる。
　ぼんやりとした紘人の顔を眺めると、なんだか微笑ましい。
「なんだよ」
　ニヤニヤしているあたし見て紘人が言う。
「なんでもないよ」
「なんだよ、気になるだろ。顔になにか付いてるのか？」
「そうね……目と鼻と口その他諸々かな」
　と、お決まりのように言う。
「んなのはわかってるっての」
「そう……。あとはね、ヨダレの跡かな」
「なっ……」
　そう言ってゴシゴシと顔をこする。
　あたしはそんな紘人を見て、あははと笑う。
「冗談だよ。そんなのないってば。ちょっとお間抜けだからさ、からかいたくなっただけ」
「なんだよ、それ」
「いいじゃない」
「よくねぇっ！」
　なんだか馬鹿みたいなやりとりだけど、これが一番楽しい。
　なにも遠慮せずにありのままでいられる関係って最高！

　あたしが紘人とこうするようになってどのくらい経つのだろう。ずっと昔から一緒にいたからよくわからない。
　まあ、俗に言う幼なじみってやつだったから、ね。なんだか兄妹みたいな感じ。普段は兄妹なんだけど、こういう時だけは姉弟ってトコかな。なんだか可愛いんだもん。
　気付けばこんな風になって、それからずっと……。きっと、いつから、とかは関係ないんだよね。そんな期間みたいなものは、あたしたちには不要なものなんだから。

　ずっと平和だといいな……。
　いつもそう思う。
　でも、きっとそうなるだろう。
　だって、こんな平和な村に〝なにか〟なんて起こるはずがない。
　警察沙汰になるような事件なんて一度もなかったんだから。本当に穏やかな村だ。
　まあ、閉塞的すぎる感はあるけどね。
　なんてったって、四方を山に囲まれているんだから。まるで要塞みたいじゃない。それとも、なにかから隠れているみたい。
　まあ、別にそんなものはどうでもいいんだけど。
　今は紘人と一緒に楽しく過ごせればいい。特別な事がなくったって、街のように物に溢れていなくったって、電子関係の遊びがなくったって、あたしにはそんなのは関係ない。ないならないで、それなりのやり方ってものがあるんだから。
　友達の中には、街へ行ってお洒落な服とか着てみたいなんて言うけど、あたしは全然興味ない。このままでいいじゃない、と思ってしまう。だって、どんな服装をしたって、どんなメイクをしたって、自分は自分でしょ？　自分を偽る必要なんてないし、そんなのはイヤだ。
　第一印象が大切だっていうけど、確かにそれもあるけど、無理して誰かに合わせるなんてあたしには無理。
　友達っていうのは、そういうのに関係なく自然体で一緒にいられる人の事だと思うから。だから、あたしはこの村が大好き。この村の人たちが大好き。
　なんだか村の権力者みたいな人たちは、なにかしているみたいだけど、あたしたちには関係ないよね。結局は平和な場所なんだから。
「ねぇ、今日はこのままずっといよっか」
「馬鹿か、お前」
「いいじゃん、馬鹿でさ」
　そう、こんな時間が大好きなんだ。

　服を着て外に出る。
「う～ん、気持ちいい」
　外の空気を大きく吸って伸びる。
　本当に気持ちいい。やっぱり、田舎でよかったと思える瞬間がこれだよね。
　都会に住んだ事がないのでよくわかんないけど、こういうのってできないんじゃないかって思う。だいたい、こんなの都会じゃ似合わないよね。やっぱり、こういう山に囲まれた場所でないと。
　突然、キラキラとしたものがあたしの周りを舞う。
「理なにか用？」
　こんな事をするのは立花理しかいない。
「私もいるわよ」
　空に虹が架かる。
「カコ……」
　武藤華子だ。
「どうしたの？　二人とも」
「どうしたの？　って……愛っていつからそんなに薄情になったの？　哀しい……」
「って、いつもじゃんかよ」
「そうだった、そうだった。愛はいっつもこうだったっけ」
　それって、すっごく失礼。
「で？　なんの用？」
「よう、来たか！」
　そこへ、あくびをしながら紘人がやって来た。
「この二人は俺が呼んだんだ」
　はぁ？　だったら、あたしにも言っておけっての。
「じゃあ、あんたに訊くけど、なんのために呼んだの？」
「そんなの決まってるだろ？　これから楽しい夜のいとな……がふっ！」
　紘人の鳩尾に肘をくらわせる。
「馬鹿な事言ってないで、なんなのか言いなさいよ」
「ちょっとな」
「ちょっとってなによ」
　わけわかんない。もう一発くらわせてやろうか？
「まあ、お前にはそれほど関係ない事なんだけどよ」
　なんだか微妙な言い回しだ。
「言ってしまえば、能力者じゃないお前には関係ない……いや、村の住人だから無関係じゃないんだけどな」
「なんなのよ、ハッキリしなさいよ」
「愛……実はね……」
「カコ、なにも言うな」
　紘人が強い口調で制する。
「でも……。なにも知らないなんて、そんな愛が……ねぇ、理」
「…………おれも紘人に同感だ」
　冷たい連中だ。でもまあ、能力者に関係あるなら、あたしには関係ない。だって、あたしは能力者じゃないから。
「しゃーない。そういう事なら、あたしは無関係だもんね」
「すまないな、愛」
「なに辛気くさい顔してんのよ。全然似合ってないよ、紘人」
　と、紘人の背中を思いっ切り叩く。
　ゲホゲホと咳をしながらうずくまる。
「なあ、もう少し加減してやったらどうだ？」
「軟弱者の紘人が悪い」
「ったく、紘人も大変だな」
　理が同情の目で紘人を見る。ったく、失礼しちゃうわ。
　そんなあたしたちを見て、カコもクスクスと笑う。
　なんだか楽しいな。
　こんなだから、ここでの生活はやめられないの。
　ずっと、こんな笑顔でいたい。
　ずっと笑顔でありますように。

　こんな幸せは、脆くも崩れるんだ。

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