朱の物語をちょっとだけ読んでみる。

『４つの物語　朱の物語―My best friend―』

　あれは三年前でした。私があの村を訪れたのは――
　しかし、それ以来、あの村には行っていません。行っていない、というよりは、行けない、といった方が正しいのかもしれません。
　その村は無くなりました。
　消えてしまったのです。
　その時、私は大事なものを失いました。
　それは――

　私は、一年ぶりにその村を訪れました。
　一年に一回、毎年夏休みに訪れるのが習慣になっていました。ですから、その年も私は詩稀村を訪れました。
　私がその村を訪れる理由は、幼なじみ――良野友美ちゃんがいるからです。私も昔、この村に住んでいました。
　昔――本当に昔です。私が小学校に入学するまで住んでいたんです。
　小学校入学をきっかけに引っ越してからは、年一回になったんです。
　それ以外の時も、文通をしていました。でも、去年くらいからメールでも連絡をとっていました。それでも、文通は続きました。
「久しぶりですね～」
　村の入り口には鳥居があります。私はその鳥居を見上げました。それは、全然変わらない姿で私を迎えてくれます。
　その鳥居をくぐると、両脇に並んだ地蔵の道が続きます。その地蔵も、変わらず私を迎えてくれます。
　その二つを見ると、昔に還ったような気がします。
　一〇〇メートルほどの地蔵の道を抜けると、集落の入口が見えてきます。
　この道は、昔からあまり近づきたくない場所の一つです。一〇〇メートルほども地蔵が並んでいるなんて、異常としか言えません。それに薄暗いのですから、尚更です。
　不気味としか表現できない地蔵の道も村に言わせれば〝村の象徴だ〟という事になってしまいます。
　村人でもこの道を怖がっている人が多く、お昼でも人がいる事はありません。
　だいたい、どうしてこんなにたくさん地蔵があるのかも知りませんし、誰も教えてもくれません。それどころか、口にする事すらないのです。
　私はなんとしても知りたくて、あちこちに訊いてまわりましたが、誰一人として教えてくれませんでした。
　その欲求は、村を離れた後も変わりませんでした。むしろ、大きくなったのかもしれません。
　しかし、村を離れた事でよかったと思う事がありました。友美ちゃんに会えないのは淋しかったですが、村の事について、調べやすくなったのです。
　それは、村の中では禁忌とされている文献でも、他の地域――といっても、近隣の地域ですが――の図書館になら、その資料が置いてあったんです。それが、私にとって唯一の救いでした。
　それによると、昔この村には流行病で多くの人が亡くなったそうです。その弔いの意味を込めて、地蔵を造ったという事でした。
　でも疑問に残るのが、どうしてその事を村人は揃って口を閉ざすのか、という事です。
　そんな過去を隠す必要なんて、どこにもないのですから。しかし、その疑問が解決する事はありませんでした。
　もう一つ不思議なものがありました。それは、村の四隅にある柱です。
　その柱はそれぞれ村を囲む四つの山の麓にあり、青、朱、白、黒に塗られていました。
　その柱に関しても色々訊きましたが、それについては最後までわかりませんでした。
　今でも気になっていますが、こればかりはどうしようもありませんでした。
　いわゆる盆地にあるこの村は、夏は暑く、冬は寒いといった最悪ともいえる立地条件でした。
　でも、私はこの場所が好きでした。住めば都、とでも言うのでしょうか。それを肌で感じていました。
　しかし、それはずっと住んでいればの話で、一年ごとの訪れる私にとって、それは不快以外のなにものでもありません。
　それでも村を訪れるのは、友美ちゃんという清涼が待っているからでしょう。
　その清涼を求めて、村への足を速めました。

　村は、全くと言っていいほど変わっていません。もっとも、この村が変わるには長い年月が必要でしょうし、変わるつもりもないのでしょう。
　そして、この村が過疎で寂れるのも時間の問題でしょう。
　私にはそれが嬉しくもあり、悲しくもありました。
　村に入ると、脇目も振らず、友美ちゃんの家に向かいました。
　友美ちゃんの家は、村の入口から一番遠い位置にありました。
　ちなみに、村の入口はあの鳥居の一つしかありません。そして、あの地蔵の道が村への唯一の道なのです。
　私は、友美ちゃんの家のインターフォンを押しました。
　すると、それを待っていたのか、友美ちゃんが飛び出してきました。
「茜ちゃ～ん、待ってたんだよ～」
　そう叫びながら、友美ちゃんは抱きついてきました。私も嬉しくなって、抱きつき返しました。
「茜ちゃん、いらっしゃい」
　その後ろ――家の中から友美ちゃんのお母さんが言いました。
「お世話になります」

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