ＭＬＣへようこそ！　をちょっとだけ読んでみる。

『Ｒｅｎｋｏｎｔｏ－Ｍｏｎｄｏ　―ｋｒｕｃｏ－ｍｏｎｄｏ―　ＭＬＣへようこそ！』

　どこかの世界のどこかの国……どこかの時代にある一軒のお店。
　そこは軽食や飲み物を提供している。
　年中無休のそのお店には、毎日多くの客が訪れる。
　その店の名前は――

〝ＭＬＣ〟

　　　　『ＭＬＣへようこそ！』

　山と海に挟まれた場所で軽食屋……平たく言えば喫茶店でもしようと思ったのが三年前。なんとか資金を貯めて、ようやく念願叶って店を出す事ができた。
　今までオーナーなんてものになった事がないので、不安でいっぱいだ。
　だけど、料理には自信がある。この三年間、小料理屋で働いていたのだから当然だ。もちろん、調理師の免許も持っている。
　趣味でカクテルなんかも勉強したので、その方面も大丈夫だろう。
　昼は喫茶店、夜はバーというのもいいかもしれない。
　近所周りをすませると、本当に出店するのだなと実感する。近所の方に迷惑を掛けないように努めよう。
　カチャカチャとキッチンを整理する。別に散らかっているわけではないのだけど、なにかしていないと落ち着かない。
　開店の前夜というものは、こんな気持ちになるのだろうか。
　客席の方も気になりだし、椅子とテーブルと順に拭いていく。
　雑誌もある程度揃えてある。
　再びキッチンに戻ると、材料の確認をする。
　大丈夫だ。
　その流れで、仕込みのチェックもする。
　問題ない。
　あとは明日の開店を待つのみである……。

　　　　　∞

　――カランカラン！
　開店してから一時間ほどが経った頃、ようやくドアのカウベルが鳴った。
　特に宣伝をしたわけでもないので、こんなものだろう。これから、常連さんがつく事を祈るしかない。
「いらっしゃいませ」
　最初に入ってきたお客様は、学生のようだった。
「すみません……ここで勉強させてもらってもいいですか？」
　少し……かなり控えめな態度だった。
「ええ、構いませんよ」
　笑顔で言うと、彼の表情の弛んだ。
「ありがとうございます」
　それでも遠慮して……というよりはマナーだな、隅っこの席に座った。
「ご注文はなににしましょう？」
　問題集やノートを一通り出し終えた頃を見計らって訊いた。
「え、えっと……コーヒーをひとつ」
「かしこまりました」
　一礼をしてカウンターに戻る。
　受験勉強だろうか……。
　そんな事を考えつつ、彼を横目で見ながら、コーヒーを淹れる。
　瞬く間にコーヒーのいい香りが店内に充満する。やはり、これでこそ喫茶店。これぞ、喫茶店の香りというものだろう。
　シュガーポットとミルクをお盆（トレイよりも、日本なんだからこっちでいいだろ？）に乗せ、おまけでクッキーを乗せたお皿を乗せる。それを彼の席に運ぶ。バイトの子がいた方がいいなと、ふと思った。まあ、それは店が軌道に乗ってからでいいだろう。
「お待たせしました」
　お盆の上のものをもう一つテーブルを寄せて置く。
「あ、すみません」
　慌てて参考書などを片付けようとしたのを止める。
「構いませんよ。受験勉強ですか？」
「ええ、まあ。憧れの人がいまして、絶対にその人と同じ学校に行こうって……」
　彼は少し照れながら言う。
「そうですか、頑張って下さい」
「ありがとうございます……あれ？　クッキーなんて頼みましたっけ？」
「それは、お店からのサービスです。最初のお客様ですから」
「…………ありがとうございます」
　恐縮したのか、少し時間があって答える。
「あまり来ないものですから、そういうの知らなくて……開店おめでとうございます」
「ありがとうございます。よろしければ、これからも来てくださいね」
「はい」
　そこで言葉を切って、
「……でも、迷惑じゃないですか？」
　自分のテーブルを見て言う。
「そんな事ないですよ。勉強、頑張って下さい」
　彼は何度もお礼を言って、勉強を始めた。
　しばらくその様子を見ていたが、本当に一生懸命だった。よほど、その人と同じ学校に行きたいのだろう。どんな人なのか気になるが、あまり詮索するわけにはいかない。もし、常連になってくれたら、その時にでも訊けばいいだろう。
　お昼近くになって、数人のお客が来たが、彼はそのまま勉強を続けていた。
　迷惑になるから、と出ていこうとしたのだが、引き止めた。思う存分ここで勉強して下さい、と。
　そういうわけで、お言葉に甘えさせていただきます、と今に至る。
　お昼にとサンドウィッチを注文してくれた。
　そして、夕方になる頃、彼は何度もお礼を言って帰っていった。

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