『Renkonto−Mondo ―kruco−mondo― あなたと過ごす時間(仮題)1』





「さて……やりましょうか」
 史和と梨架は巨大なキャンバスの前に立っていた。
 初めての大きさだけに緊張は隠せない。
 史和はいきなり筆を手にする。
 いつもの事などで梨架は驚かないが、ウラスはそれを見て驚いてしまう。彼も水彩画の時は見ているのだが、まさかこの大きさの絵でも……とは思わなかったのだ。そう、木炭での下書きをせずに描こうというのだ。
 だが、ウラスも彼なら大丈夫だろうとは思っている。
 どんな絵が出来上がるのか楽しみだ。
 それよりも――自分はこの彫像に集中しなければならない。ひとまず絵の事は忘れて、ウラスは目の前の石柱に集中する事にした。
 史和はウラスが思った通り、下書きせずにいきなり描き始めた。
 作業の成り行きを見ている王様と宰相や他の従者たちは、その筆の動きに目を奪われていた。
 史和は梨架の手助けを受けながら、黙々と描いていく。
 彼の早さを見ていると、絵の大きさが本当は小さいのではないか、と思えてしまう。
 あっという間に上半分が描き上がり、脚立を降りて下半分に取り掛かる。
 しかし、早いと感じるのは彼の筆の動きが滑らかなせいで、実際は一時間経っている。それでも早いのだが。
 早送りでもされているのかと思うほどで、それから一時間足らずでモノクロの絵が完成した。
「こんなものでどうでしょうか?」
 描き上げた史和は、王様に是非を問う。
 そのまま本人がそこにいるかのような出来に、王様は言葉が出ず、ただ頷くしかできなかった。
 それを見て、史和は休憩を挟んで色を乗せていこうとしたのだが、
「富所さん……」
 と、梨架に声を掛けられる。
「どうしたんですか?」
「あそこ……」
 梨架は目を開いて、ある箇所を指した。
 史和はどうしたのだろうとその先を見る。そして、言葉を失った。
(どういう事だ?)
 信じられなかった。
 滲んだようにシミが出来ていた。
「まさか……」
 史和はがくりと膝を折った。
 昨日の事を思い出す。
 この場所にキャンバスを持ってきた時、確か光が透けて見えた。
 その時に気付くべきだった。
「王様、もうしわけありません」
 史和のその態度に王様は驚く。
「どうしたというのだ」
「この絵は失敗です。最初からやり直させて下さい」
 史和は沈痛な面もちで告げる。
「どういう事だ?」
「このキャンバスの膠引きが不充分だったんです。このまま描いても、無様なシミができる事になります」
 史和は本当に悔しそうだった。
 いつもは自分で用意するのだが、今回はそうじゃなかった。完全に信用してしまっていた。確認を怠っていた。
(僕のミスだ…………)
「どういう事なのだ、詳しく説明しろ」
 宰相が説明を求める。
「キャンバスの作りが不充分なんです。そんなキャンバスに描いても無様な絵が出来上がるだけです。一からやり直さないと……」
「つまりは、これではダメだという事なのか?」
「そういう事です」
 宰相は小さく唸る。
「このキャンバスを制作したのは誰か」
 宰相が近くにいた従者に訊く。
「それは…………」
 答えようとしたが、史和が遮る。
「その人が悪いわけじゃない! 悪いのは僕だ。確認もせずに……」
 史和は珍しく感情を露わにする。
「しかし、やはり…………」
「では訊きますが、この城に絵を描く人は?」
 史和の剣幕にさしもの宰相もたじろぐ。
「…………いないが……」
「だとすれば仕方のない事ですよ。それを責めるのなら、それを管理できなかったあなたや王様の責任だ!」
 史和の言葉にその場の空気が止まる。
「……すみません。言葉が過ぎました。さっきも言いましたけど、僕の責任です――」
 史和は落ち着こうと深呼吸をする。
「――すみませんが、もう一度材料の準備をしてもらっていいですか? キャンバスは僕が自分で作ります。なので、材料だけを揃えて下さい」
 そう言うと、史和はあてがわれた自分の部屋に歩いていった。
 梨架は茫然とそれを見ていた。宰相と王様の姿を見、一礼をして、史和を追いかけていった。



『時計の城〜絵の話〜』より






             Copyright(C)STUDIO SAIX All Right Reserved.