『僕の場所 彼女の時間』  ここに来ればカザシに会える。だから、この場所が大好きだ。  空が茜色に染まる時間。誰もが同じ色に染まる。  賑やかだったこの場所も、急に静かになる。  まるで、世界に二人しかいないかのよう。  カザシに出会ったのは偶然。僕がこの屋上にいたら彼女もやって来た。それだけ。  特別、なにかがあるわけでもない。ただ話すだけ。それだけで充分。  風が僕を通り抜けていく。  ゆっくりと目を閉じて自然に任せる。すると、自然と一体になったような気分になれる。彼女を待つ間、こうしている。  いつも僕が待っている。彼女が先に来た事はない。  だけど、僕はそれが苦じゃない。むしろ楽しい。  今日はどんな笑顔だろう。  そんな事ばかり考える。  ――カチャン!  と、扉が開く音がして彼女がやってくる。 「こんにちは」  呟くような、素っ気ない感じだけど、それが彼女の話し方。だけど今日は、いつもと雰囲気が違った。どこが違うのかと訊かれてもわからないが、なんとなくそう感じた。 「こんにちは」  そう返すと、彼女は僕の側に歩み寄ってくる。  ふわっと風が彼女の髪を撫でる。彼女は目を細め空を見上げる。そして、フェンスを背もたれに座り込む。景色を見る事はできないが、僕たちには必要ない。空さえ見えていればいいんだから。  しばらく無言の時間が流れる。僕も彼女もあまり話さない。 「今日ね……」  カザシが口を開いた。僕は無言で頷く。 「わたしの友達が告白するんだって」  そう言った彼女は、嬉しそうであり淋しそうでもあった。 「そうなんだ……」 「うん。その子ね、その人の事をずっと好きだったの。入学してから二年間ずっと」 「カザシもその人の事が……?」  僕の問いに彼女は首を振った。 「そういうんじゃないんだけどね……。なんだか、遠くにいってしまうみたいな気がして……淋しいのかな? 哀しいのかな? なんだか、大切な人を奪われるみたいな、そんな感じ」  彼女は、ふぅっとため息を吐いた。 「もちろん応援しているんだけど。でも……」  今日の彼女は、いつもとは比べられないくらい話している。そんなに、その友達が大切なんだ……。 「でも、友達だっていう事は変わらないと思うよ」 「…………そうかな」  心配そうな彼女。こんなカザシを見るのは初めてだ。 「そうだよ」  僕にはそう言う事しかできそうもない。 「ありがとう。なんだかスッキリした」  そう言って、スッと立ち上がる。 「よかった」  僕も立ち上がる。 「そんな事で、友達が終わったりしないよね。菜々はそういう子じゃないもん」  晴れ晴れとした表情だった。それを見ていると、僕も嬉しくなってくる。なんだか、幸せだなって思えてくる。 「その友達の告白、うまくいくといいね」 「うん」  東の空が藍色に染まり始める。  その時、カチャンという音と扉が開き、誰かがやってきた。 「菜々……」  どうやら、さっきの話に出てきた子らしい。 「やっぱりここにいたんだ」 「どうしたの?」 「あのね……OKだって」  そう言った彼女はとても嬉しそうだった。  カザシは彼女に走り寄り、ギュッと抱きしめた。 「よかったね」 「うん。彩のお蔭だよ」  彼女も抱き返す。  しばらくそうしていたが、やがて屋上をあとにする。 「そういえば、屋上に一人でなにしてたの?」  校門の所まで来た時、菜々が訊いた。 「ちょっと……ね」  彩は振り向いて屋上を見る。  ありがとう。  そう心の中で呟いた。