『思い出』
著:なゆ
編集:STUDIO SAIX
「お疲れー! つうわけで、二次会どうするよ」
もうすぐ日付が変わろうとする時刻、若者の声が居酒屋の前に響いた。
「カラオケでいいんじゃないっすか?」
別の声が答える。Copyright(C)2005 STUDIO SAIX All Rights Reserved.
「そうね。飲み足らなければ歌いながら飲めばいいわけだし」
「つうわけで、二次会はカラオケでけってー!」
店先でワイワイガヤガヤと盛り上がる。
「悪い。俺はここで帰るわ」
こいつらには申し訳ないが、ここいらでお暇しておかなければならない。
「どうしたよ、木崎。せっかく俺等の壮行会だぜ? ここで主役の一人が帰るってどうよ! 白けるじゃねぇかよ」
同級の山田が絡んでくる。どうにも酔っているようだな。こういうのが一番質悪い。
そんな事はわかってる。卒業していく俺たちのための壮行会を途中で退場するのは忍びない。だが、俺にはこれ以上付き合えない事情ってのがあるんだ。
「ホント悪い――」Copyright(C)2005 STUDIO SAIX All Rights Reserved.
俺は他の連中に謝る。
「――今日はサンキュな」
「まあ、無理矢理引き止めるわけにもいかないっすからね」
などという後輩の言葉に甘える事にし、俺は一人で帰路についた。
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さてと……。
俺はアパートへと急ぐ。まあ、特に急ぐ必要もないわけだが、自然と足が動くって感じか。
ホント、どうしてこうなったのか……よく考えても考えなくてもわからん。まあ、俺にすれば損はないわけだが……。
香川知子――まあ、俺たちのサークルの一年生で、結構可愛い。童顔だが。だけど、おとなしい性格で、なんというか小動物な感じだ。
そんな彼女から手紙ってのはな……。
もしかして、後輩たちのいたずらか?
漫画なんかじゃよくあるよな、体育館裏に呼び出す手紙を入れておいて、みんなで待ち伏せして…………って。
おいおい、それは勘弁してほしいぞ。
でもまあ、あいつの場合それは大丈夫だろう。そんな事をするようなヤツじゃないしな。他のヤツに頼まれてとか……。いやいや、みんな二次会に行ったしな……。後日聞き出して……いやいや、そんな事は考えないようにしよう。素直に考えよう。
とにかく考えても仕方ないか。行けばわかるだろう。
どのみち、なるようにしかならないんだし。
そうこうしているとアパートに着いた。
そこには、彼女だけが待っていた。
温かくなってきたとはいうものの、夜になるとまだ冷え込む。彼女は手に息をかけ温めている。
どうやら、待たせてしまったようだ。
「ごめん」Copyright(C)2005 STUDIO SAIX All Rights Reserved.
まるで待ち合わせをしていた恋人同士みたいだな、とか思いつつ駆け寄る。恋人云々はおいといて、待ち合わせをしていたのは事実なわけだが。
「ごめん、遅くなった」
「いいえ、あたしも今来たばかりですから」
なんなんだ、この会話。マジでそういう関係の……しかも定番な会話じゃないか。
「とにかく、部屋に入ろうか」
「……は、はい」
どことなく緊張しているようだ。
まあ、男の部屋に……ってのはやっぱりそういうもんかねぇ?
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部屋に上がると、香川は所在なさげに、ちょこんと座る。なんだか、そんなオドオドしてるのは……。なんというか、なぁ。
別に部屋をキョロキョロとってわけでもないし……。
どう対応していいのかわからん。
俺はといえば、台所でホットミルクを作っていたりする。レンジでチンとかそんな手抜きじゃなくて、ちゃんとミルクパンで温めている。こっちの方が断然美味いからな。ちょっとしたこだわりだ。
とにかく、体も心も温まるホットミルクでなんとか会話の糸口を見つけるとするか。
そもそも、どうして香川があんな手紙を俺に書いたのかわからんしな。
そんな事を考えてると、沸騰しそうになっていた。
やばっ……。Copyright(C)2005 STUDIO SAIX All Rights Reserved.
慌てて火を止める。
なんとか大丈夫そうだ……。
それをマグカップに入れて持っていく。
「ほれ」Copyright(C)2005 STUDIO SAIX All Rights Reserved.
ちょっと無愛想だったかな……とか思うが、マグカップを香川の前に置く。
「あ、……ありがとうございます」
香川は緊張した様子で、マグカップを両手で包み込んだ。
「あったかい…………」
その温かさが緊張を解したのだろうか、いつものような笑顔を見せる。それを見て、どこかホッとする俺がいた。
「いただきます」
そう言って、香川はマグカップに口を付ける。
うっわ……なんつうか、妙に可愛い。コクンと動くノドとか………………特に。
やばい。なにかがやばい。とてつもなくやばい。
「おいしい…………」
うわっ! そんな笑顔でこっちを見られると…………。
「と、ところでさ…………」
って、緊張してどうする。落ち着け。
「なんですか、先輩」
やっぱり話し掛けると緊張するんだな。いいけど。
「あの手紙なんだけど…………」
そう切り出した途端、香川の顔が一目でわかるほど赤くなった。漫画だと頭から湯気でも出てるよな。
「あ、あれは…………その…………」
両手で包み込んだままのマグカップに視線を落とす。
時間が止まったような気になる。
なんというか、苦手な空気だ…………。
「思い出を下さい」
「………………?」
その突然の言葉になにがなんだかわからなかった。
ただわかるのは、香川は真剣な目をしているという事くらいだ。
「えっと………………」
戸惑う俺。らしくない。
俺が躊躇している間にも、香川は上着を脱ぎ始める。
やっぱ、そういう事だよな。
つうことは、据え膳喰わぬはなんとかなわけで…………。
「香川…………」Copyright(C)2005 STUDIO SAIX All Rights Reserved.
俺は、香川を脱ぎかけのままベッドに押し倒した。
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